無駄に元気!『Act2.クマを巡る人々』 |
登場人物
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「あえて言おう、クマであると!」 「は?」 「クマ?」 唐突に、本当に唐突にだ。 それまで話していた話題からなんの脈絡もなく発せられたその言葉に、ぼくらはそろって発言者であるトーマ、こと風祭十真に視線を向けた トーマは目をキラキラと輝かせて(もっとも彼は大掃除でグラウンド脇の雑草を掘り返しているときにでもキラキラと輝かせているため、この事実にあまり意味は無い)自信満々に胸を張り(同上。彼は常日頃から根拠の無い自信に満ち溢れているため、やはり意味は無い)、大きく頷く。 とてもいやな予感がした。 「裏山にクマが出るらしいよ」 「また唐突な話の切り出しねッ」 半眼になって、お恵さんは呆れた声を出す。 それもまあ当然といえるだろう。つい先ほどまで阪神タイガースと巨人軍の対決について昭和の某有名漫画を引き合いに出しながら熱く語っていたところなのだ。変化球どころか消える魔球レベルの話の飛び具合だ。 「で、そのクマがどうしたの?」 「分からないかなあ」 やれやれと大仰に肩をすくめてから、トーマは手を目一杯広げてみせる。考えてみれば、トーマが積極的に何かしようとする時、それがろくな物であったためしなど一度としてない。 この話の切り出しでろくでもない展開の仕方はというと…… 「……まさかとは思うけどね、トーマ」 一瞬脳裏を過ぎった忌まわしい想像を浮かべて、ぼくは口を開いた。 「なんだい、しののん?」 「まさかまさか、そのクマを見に行こうなんて言うつもりじゃ……」 恐る恐る予想を口にした言葉を、しかしトーマはあっさり首を振って否定した。 「はは、そんなわけないだろ」 それを聞いてぼくが一瞬ほっと息を撫で下ろしかけたところで、トーマはとんでもない言葉を続けた。 「見に行くんじゃなくて倒しに行くのさッ!」 「なんでさッ!」 「考えてもみてよ、しののん。僕らがクマを倒すとどうなると思う?」 「どうなるんだよ」 「クマ殺しだよ、クマ殺し。きっとぼくらの名前はご近所中の小学校に響きわたり、登校のとき邪魔な下級生たちはぼくらが目を向けるだけでモーセの奇跡のごとく自ら道を開けるだろう。中学生たちだってもしかするとぼくらのことを一目置くようになるかもしれない。これは大変な名誉だ。まったくもってすばらしい」 「それ以前に倒せないだろッ!」 ぼくの心からのツッコミに、トーマはやれやれと首を振った。 「やる前から諦めるなんて。しののんはヘタレだなあ」 「ヘタレじゃない! トーマが無謀すぎるんだッ!!」 「見ろ、お恵さんはもうやる気だぞ」 言われて、お恵さんの方を振り返る。彼女はいつの間にか(理由は計り知れないが)机に仁王立ちしてぼくとトーマを睥睨していた。 「白バラのお恵!?」 「いかにもッ!」 なんとなく叫ぶと、お恵さんは仰々しく頷いてニヤリと不敵な微笑を浮かべる。 ちなみに、「白バラ」というのは彼女の家が白バラ牛乳を取っていることにちなんでつけられたあだ名だ。 「ふふ、トーマにしては良いこと言い出すじゃないの。クマ殺しのお恵さんなんて、ちょうど語呂も良くてカッコイくないッ!!」 大見得切って、そのまま「はっはっは」と高笑いをし始めるお恵さん。 教室の隅で文庫本を読んでいたカンパネルラ山海がふと顔を上げて、呟いた。 「上ぐつで机の上にのらない」 「……ごめんなさい」 静々とお恵さんは上ぐつを脱いで、机の下に落とした。 「ッて、降りないのッ!?」 「なんで降りなきゃいけないのよ」 「普通降りるでしょ」 「あたしは降りないの。というわけで放課後早速クマ退治に出発よ♪」 「なんでそうなるのさ!」 地団太を踏んで抗議をするが、奴らと来たら聞く耳をもたない。逆にたしなめるような口調でトーマがぼくの肩を叩いた。 「まあ、落ち着くんだ、しののん」 「落ち着いてられるかッ!」 「日本のクマはそれほど強いものでもないだろ。体長もほとんどぼくらより小さいくらいだ。かの有名な金太郎は山で一番力持ちなクマと相撲を取ってあっさり勝ったというじゃないか」 「だから何だよ」 「金太郎は子どもだっただろ。つまり、クマは子どもより弱いということだ」 「そんなわけあるかッ!」 ぼくの渾身のツッコミが教室の窓をびりりと揺るがした。 |
あと書き |
前回の続き。ここで終わりです。 創作者の交流と研鑽の場:クリエーターズネットワークの11月のテーマ企画『クマ』のために書いた作品。 |